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調査コラム〜史料調査の現場から

(2022年5月6日更新)

『松江市史』編纂事業が終了し、史料編纂課と松江城研究室は、令和2年(2020)4月から史料調査課、松江城調査研究室として再出発しました。さらに令和4年(2022)4月から新たに「松江城・史料調査課」となりました。今後もこの「調査コラム」を執筆していきます。→「調査コラム」バックナンバーはこちら

「市史編纂コラム」バックナンバーも引き続き公開しているほか、『松江市史料編纂コラム』として令和2年1月31日に冊子化しています。

第20回

松江市の新収蔵資料紹介(1)勝田孝興関係文書

はじめに

 松江市は国宝松江城天守の残る城下町です。数十年に一度の割合で水害が発生してきたものの、大規模な震災は記録になく、アジア・太平洋戦争下でも大きな空襲被害を受けませんでした。明治以降、数度の合併により市域は拡大しましたが、中心部と周辺旧町村の基本的な構造は江戸時代から大きく変わってはおらず、1951年(昭和26)以降は「国際文化観光都市」の道を選択して緩やかに現在に至っています。

 こうしたことから、松江市域には近世・近代の家文書が比較的多く残され、中心部には商家や武家の家文書、農村部には村役人などを務めた家の文書群が各所で保存されてきました。近年のアーカイブズ学では、これらを「民間アーカイブズ」と呼ぶそうです。その調査と受入は、『松江市史』編纂事業終了後の当課の重要な仕事の一部となっていますが、まとまって紹介する機会はなかなかありません。そこでこの調査コラムの場で、近年松江市に寄贈された「民間アーカイブズ」を順次紹介していきたいと思います。第一弾は「勝田孝興関係文書」について。

 

1.勝田孝興とは

 本資料は、松江市出身のアイルランド文学者・勝田孝興(かったたかおき、1886-1976)とその家族が残したものです。目録作成と受贈手続きを経て、2022年(令和4年)1月に松江市の所蔵となりました。

 勝田孝興は1886年(明治19)9月30日、松江城下の東に位置する南田町で島根県士族の勝田孫太郎・フミの長男として生まれました。松江中学校、第五高等学校(熊本)を経て1908年(明治41)に東京帝国大学文科大学英文学科に入学【図1】。卒業論文は「沙翁アントニーアンドクレオパトラ研究」でした。「沙翁」とはシェイクスピアのことです。卒業後はそのまま東京帝国大学大学院へ進学し、「十九世紀ニ於ケル英国文学、特ニ脚本及ビ文学ノ研究」をテーマとしました。

 修了後、神奈川県立横須賀中学校、千葉県立佐倉中学校、商船学校の教諭を経て、1921年(大正10)に山形高等学校教授となります【図2】。1925年(大正14)、39歳の時、文部省よりヨーロッパ、アメリカへ2年間留学。帰国後、1930年(昭和5)に同志社大学文学部英文学科教授・同志社専門学校英語師範部講師に着任しました(1935年、同教授兼部長)。こうして教鞭をとる傍ら、『英語青年』『英語研究』等の英語専門誌に戯曲や小説の翻訳、語学に関する論考を次々に発表し、数多くの語学書・翻訳書を出版しました。


【図1】東京帝国大学学生時代の勝田孝興

【図1】東京帝国大学学生時代の勝田孝興(目録番号1)

【図2】山形高等学校教員時代の勝田孝興

【図2】山形高等学校教員時代の勝田孝興(目録番号2)


 1943年(昭和18)には日本で最初のアイルランド文学通史となる『愛蘭文学史』(生活社)を刊行。しかし翌年、戦火が厳しさを増す中で同志社大学文学部英文学科は廃止され退職。1945年(昭和20)の敗戦後は、松江で島根地区米国軍政部顧問兼翻訳主任を務めました。1952年(昭和27)、滋賀大学学芸学部教授となり研究活動を再開。1959年(昭和34)には大阪工業大学工学部一般教育科教授となり、1961年以降は客員教授に。そして1976年(昭和51)5月23日、脳血栓のため89歳で亡くなりました。【勝田孝興略年譜】(PDF/274KB)

 ちなみに、『松江藩列士録』によれば勝田家は百石取の藩士で、嘉永年間の松江城下町絵図でも南田町のほぼ同じ位置に勝田家が確認できます。また、勝田孝興の母フミは松江市出身の歴史学者・三浦周行(みうらひろゆき、1871-1931)の姉であり、周行は孝興の伯父にあたります。さらに、『新修島根県史』編纂に携わった郷土史家・勝田勝年(かったかつとし、1904-1988)は孝興の弟で、日露戦争開戦の年に生まれた七男坊でした。そして、松江市に縁の深いラフカディオ・ハーン(小泉八雲)はアイルランドの首都ダブリンで幼少期を過ごしたことから、松江市とアイルランドは姉妹都市の関係にあります。すなわち、アイルランド文学者・勝田孝興の史料出現は、松江市にとって、様々な観点から歓迎すべきことだったのです。

 

2.勝田孝興関係文書

 さて、その「勝田孝興関係文書」の内容は、【勝田孝興関係文書目録】(PDF/392KB)の通りです。学生時代から教員時代の写真、東京帝国大学卒業論文、欧米留学中の自筆ノート、和洋の蔵書など、計77件からなっています。量的にはそれほど多くないものの、非常に重要な史料が含まれていました。【目録番号16】の自筆ノート「英国近代劇ト其見聞録DramaVI」【図3】です。ここには何と、勝田孝興が1926年(大正15)にパリでアイルランド出身の作家ジェイムズ・ジョイス(1882-1941)を訪問した際のインタビュー記録が含まれています。

 この史料は近年、ジョイス代表作のひとつ『フィネガンズ・ウェイク』創作時に日本人が日本語について助言を与えたことを示すものとして、ジョイス研究者に注目されていたものです。2002年(平成14)、熊谷安雄氏がオンラインジャーナルに発表した英文の論考(Yasuo_Kumagai,"Takaoki_Katta"(VI.B.12:113),Genetic_Joyce_Studies2,Spring2002)(外部サイト:Genetic_Joyce_Studies[英文])で初めて存在が明らかになりました。ここには写真図版と翻刻が紹介されていますので、ご興味のある方はぜひご参照下さい。

 また、山田久美子先生(立教大学名誉教授)の著書『ジェイムズ・ジョイスと東洋:『フィネガンズ・ウェイク』への道しるべ』(水声社、2018年刊)でも、一節を割いて勝田孝興とジョイスの関わりが紹介されています(pp.242-244)。ちなみに、今年2022年はジョイスが1922年に『ユリシーズ』をパリで出版してから100周年にあたり、山田先生には関連イベント「Project22Ulysses」でも本史料をご紹介いただきました(第6回「危険な本、それともラヴ・ストーリー?」、2022年4月15日オンライン開催)。


【図3】自筆ノート「英国近代劇ト其見聞録DramaVI」表紙

【図3】自筆ノート「英国近代劇ト其見聞録DramaVI」本文

【図3】自筆ノート「英国近代劇ト其見聞録DramaVI」表紙と本文(目録番号16)


 その他の史料もいくつか紹介しておくと、【目録番号17】「沙翁アントニーアンドクレオパトラ研究(第一冊)」【図4】は、勝田孝興が1908年に東京帝国大学に提出した手書きの卒業論文の一冊で、明治期の英文学研究の実情を伝える貴重なものです。

 渋いところでは【目録番号68】Parnell:Curiosities_of_Politics,1925というアイルランドの政治指導者チャールズ・スチュワート・パーネルの伝記があります。実はこのパーネル、ジョイスの小説『ダブリン市民』(1914年刊)の一編「委員会室の蔦の日」の登場人物。『ダブリン市民』読解の参考文献だったと推測できる1冊です。


【図4】「沙翁アントニーアンドクレオパトラ研究(第一冊)」

【図4】「沙翁アントニーアンドクレオパトラ研究(第一冊)」(目録番号17)


 また、個人的に印象に残ったのは、【目録番号32】Shakespeare's_Stratford-on-Avon【図5】です。これはシェイクスピアの故郷であるストラトフォードの名所を描いた画集で、留学中に現地で購入したと考えられます。押し花状の植物がそっと挿入されており、その包紙にはペンで「English_country(田舎)ノ春ノmeadow_fieldsヲ彩ル黄金色ノbuttercups(Stratford-on-Avonノ郊外ニテ取ル)」と記されていました。卒論のテーマに選んだ憧れのシェイクスピア、その聖地に渡り、自分で摘んだ黄金色の野の花(buttercupsはキンポウゲ)…それは青年時代の捨てられない思い出だったのでしょう。


【図5】Shakespeare'sStratford-on-Avon

【図5】挟まれていた植物

【図5】Shakespeare's_Stratford-on-Avonと挟まれていた植物(目録番号32)

 

むすびに

 松江市の歴史や人物に関わる民間アーカイブズを守り、次の世代に伝えるために、今できることは何でしょう。答えは色々ありますが、まずは「ここにこういうものがある」ということを知ってもらい、それに価値を見出す人を増やすこと、と考えます。本コラムでは今後も定期的に寄贈史料を紹介していきます。今回の「勝田孝興関係文書」をはじめ、多くの方に存在を知っていただき、活用につなげていくことができれば幸いです。

 

(松江市文化スポーツ部松江城・史料調査課/村角紀子記/令和4年5月6日)

 

【参考文献】

  • 青井末治1976「勝田孝興先生を憶う」『英語青年』122巻7号
  • 青井末治1976「故勝田孝興先生を思う」『L.L.L.』No.71
  • 勝田勝年1938「戦捷の思出」『シマネ文化』4巻1号
  • 勝田勝年1938「母の追憶」『シマネ文化』4巻9号
  • 勝田孝興1943『愛蘭文学史』生活社
  • 島根県立図書館編刊2004『松江藩列士録』第2巻(勝田為三郎)
  • 山田久美子2018『ジェイムズ・ジョイスと東洋:『フィネガンズ・ウェイク』への道しるべ』水声社
  • Yasuo_Kumagai,"Takaoki_Katta"(VI.B.12:113),Genetic_Joyce_Studies_2(Spring2002)

【付記】

  • 年譜・目録の作成にあたっては、同志社大学同志社社史資料センター、滋賀大学附属図書館教育学部分館、大阪工業大学(学校法人常翔学園本部)、山田久美子先生よりご助言をいただきました。
  • 編集機能の都合により、英文中の空白は「_」で表記しました(「ー」は原文ママ)。
お問い合わせ
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電話:0852-55-5959(松江城係)、0852-55-5388(史料調査係)/ファックス:0852-55-5495(松江城係)、0852-55-5495(史料調査係)
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