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松江市名誉市民

松江市では、市民又は本市に縁故の深い方で、公共の福祉の増進や文化の進展に寄与し、その功績が卓絶で、郷土の誇りとする方に対し、その功績をたたえるために「松江市名誉市民」の称号を贈っています。

<名誉市民章>

名誉市民章画像

小泉八雲氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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西暦1850年6月27日ギリシャのレフカダ島で出生。

本名はラフカディオ・ハーン、明治23年来日し、同年8月松江中学校英語教師として来松。その著書により、松江を広く世界に紹介した。

明治37年9月26日死去。

岡崎運兵衛氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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嘉永3年6月28日簸川郡稗原村で出生。

初代松江市議会議長、次いで県議会議長、衆議院議員当選7回。鉄道の敷設、兵営の誘致、農工銀行の設立、新聞事業の経営に尽力。

大正8年12月17日死去。

若槻禮次郎氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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慶応2年2月5日松江市雑賀町で出生。

大蔵大臣、内務大臣、大正15年と昭和6年の2度にわたり総理大臣として内閣を組織した。昭和5年ロンドンにおける軍縮会議の首席全権。

昭和24年11月2日死去。

岸清一氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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慶応3年7月4日松江市雑賀町で出生。

弁護士、大日本体育協会長、国際オリンピック委員。旧制松高の開設、岸運動場、末次プール、八雲記念館の建設に尽くし、私財を投じて郷土の後進の育成につとめた。

昭和8年10月29日死去。

桑原羊次郎氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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慶応4年4月18日松江市茶町で出生。

米国ミシガン大学院卒業、マスター・オブ・ローヌの学位を受けた。松江電燈株式会社創設に参画、文学と芸術の造けいに深く、日英博覧会美術部担任、イタリア世界博日本美術館主任として活躍。

昭和31年7月21日死去。

伊達源一郎氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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明治7年3月15日能義郡伯太町で出生。

読売新聞社主筆、ジャパンタイムス、島根新聞各社長、参議院議員、サンフランシスコ講和会議全権代理、鳥類研究家。

昭和36年7月15日死去。

土谷連之助氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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明治12年10月8日大原郡大東町で出生。

市議会議長、県議会副議長を歴任、地方産業の興隆に努め特に松江港の修築、片倉製糸工場の誘致に貢献。

昭和45年8月9日死去。

石倉俊寛氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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明治13年2月11日松江市雑賀町で出生。

昭和4年8月から松江市長4期在職、市営バス、ガス事業の創設、市公会堂の建設、松江大橋、新大橋の改架など市政に貢献。

昭和50年3月20日死去。

内藤伸氏【昭和33年5月3日顕彰(旧松江市)】

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明治15年10月1日飯石郡吉田村で出生。

高村光雲に師事して木彫りを学び、大正から昭和に多くの国宝的名作を生む。日本芸術院会員。

昭和42年8月21日死去。

熊野英氏【昭和38年11月3日顕彰(旧松江市)】

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明治22年8月3日松江市福富町で出生。

群馬県知事等を歴任後、昭和20年9月から昭和22年3月まで、次いで、昭和26年4月から3期にわたり松江市長。教育、民生、産業の振興に貢献。

昭和38年2月3日死去。

木幡久右衛門(吹月)氏【昭和51年5月22日顕彰(旧宍道町)】

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明治34年9月28日八束郡宍道村で出生。

戦後、松江藩主の本陣宿をつとめた自宅を開放し、「八雲本陣」を開業した。島根新聞社社長、県文化財保護審議会会長を歴任し、エッセイスト、尺八愛好家、古美術研究家としても活躍。

昭和58年3月28日死去。

齋藤強氏【昭和53年6月12日顕彰(旧松江市)】

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明治42年8月31日隠岐郡五箇村で出生。

島根県総務部長、昭和38年3月から4期14年にわたり松江市長、市財政の再建、経済、民生、建設、教育の振興に貢献。

平成2年5月16日死去。

小谷茂雄氏【昭和54年6月21日顕彰(旧美保関町)】

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明治45年4月29日八束郡片江村で出生。

昭和26年から片江村長、昭和30年4月から6期24年にわたり美保関町長。七類トンネルの開通、境水道大橋の架橋、簡易水道の普及など道路・生活環境の整備、教育、民生、産業の振興に貢献。

平成8年11月21日死去。

新宮保重氏【昭和54年12月25日顕彰(旧玉湯町)】

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明治23年12月25日八束郡玉湯村で出生。

昭和30年、玉湯村長に当選、以来3期12年にわたり町政を担当。この間、昭和34年町政を施行。昭和33年、玉造毎日マラソン(現・松江玉造ハーフマラソン)を誘致、昭和37年、簡易水道を建設、昭和40年、出雲玉作史跡公園の建設に着手し、史跡の発掘調査・保存・整備に努めた。

昭和55年2月21日死去。

小山映雄氏【昭和56年6月11日顕彰(旧美保関町)】

小山映雄画像

明治36年10月29日八束郡片江村で出生。

昭和26年4月から6期24年にわたり県議会議員。この間、県収用委員会会長、県議会議長を歴任。県都松江市の整備をはじめ、出雲空港の開設、七類港の開発など県勢の発展に尽力。

昭和51年4月27日死去。

平塚運一氏【平成元年4月1日顕彰(旧松江市)】

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明治28年11月7日松江市津田町で出生。

わが国古来の木版技術を伝える版画家であり、伊上凡骨に師事し、棟方志功、畦地梅太郎ら世界的作家を育て上げた。

平成9年11月18日死去。

中村元氏【平成元年4月1日顕彰(旧松江市)】

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大正元年11月28日松江市殿町で出生。

インド哲学、仏教学、比較思想の分野で斬新・独創的な研究を行い、邦文・欧文あわせて1,000点を超す力作を公刊。東洋思想研究の世界的権威。

平成11年10月10日死去。

梅謙次郎氏【平成3年10月4日顕彰(旧松江市)】

梅謙次郎画像

万延元年6月7日松江市灘町で出生。

東京帝国大学法科大学長、法政大学総長などを歴任。わが国の法制制度整備にその一生を捧げ、「民法」「商法」等の起草者として偉大な業績を残し、「現代民法の父」と呼ばれている。

明治43年8月25日死去。

細田吉蔵氏【平成11年11月10日顕彰(旧松江市)】

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明治45年5月2日松江市西茶町で出生。

運輸省官房長を経て、昭和35年から衆議院議員当選10回。行政管理庁長官、防衛庁長官、運輸大臣を歴任。特に国鉄とのつながりが深く、国鉄の民営化に尽力。県下の交通網整備にも貢献。

平成19年2月11日死去。

蘆田義道(伸介)氏【平成11年11月10日顕彰(旧松江市)】

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大正6年3月14日松江市北田町で出生。

俳優。舞台、映画、テレビで活躍。特にテレビドラマ「七人の刑事」で全国的に人気を博す。重厚で存在感のある演技のできる数少ない貴重な俳優。

平成11年1月9日死去。

中村芳二郎氏【平成11年11月10日顕彰(旧松江市)】

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大正10年12月22日松江市灘町で出生。

島根県商工労働部長、島根県教育委員会教育長を歴任後、昭和52年10月から3期12年にわたり松江市長。市財政の再建、都市基盤整備、産業振興に貢献。国体、市制100周年記念事業の第21回全国菓子大博覧会の成功に尽力。

平成12年9月20日死去。

安部榮四郎氏【平成21年11月18日顕彰】

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明治35年1月14日、八束郡岩坂村で出生。

奈良正倉院宝物の紙を復元するなど理想の紙を追求し続け、昭和43年に人間国宝となる。日本古来の伝統文化・技術の伝承に尽力。

昭和59年12月18日死去。

宮岡壽雄氏【平成21年11月18日顕彰】

宮岡壽雄画像

昭和5年1月1日、隠岐郡知夫村で出生。

神戸市助役を経て、平成5年から2期6年6ヶ月にわたり松江市長。都市基盤の整備、産業の振興、教育・文化の振興などに貢献。特に堀川遊覧船の就航、観光ループバス「レイクライン」の運行など観光のまちづくりに尽力。

平成12年5月6日死去

松本行弘氏【平成21年11月18日顕彰】

松本行弘画像

昭和40年4月14日、大阪府で出生。

プログラミング言語「Ruby(ルビー)」の開発者。松本氏が生み出したRubyは世界中の開発者たちを魅了し、産業や社会に大きな影響をもたらし、世界を席巻している。地方に独自のIT文化を根付かせる「RubyCity松江」の中心人物として国内外の注目を集め、松江市の地域活性化にも多大なる貢献。

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